全世界で温室効果ガスの排出が地球温暖化を加速させている中、各国はこの問題に共通の理解を深めるべく、国際的な会議で議論を重ねています。そこで頻繁に登場する「カーボンニュートラル」や「カーボンオフセット」といった用語について、皆さんも耳にしたことがあるかもしれません。これらはいずれも「カーボン=炭素」に関連する用語ですが、それぞれの概念には明確な違いがあります。このため、地球温暖化対策の文脈でこれらの言葉が持つ意味を正確に理解することが、ますます重要になってきています。いまさら聞けないカーボンニュートラルとは?カーボンニュートラルという用語は、「カーボン(炭素)」と「ニュートラル(中立)」を合わせたもので、人類の社会活動が引き起こすCO2排出を、同時に行われる吸収や除去活動を通じて相殺し、最終的に排出の総量をゼロにすることを目指す考えを指します。この理念が実現される社会は「脱炭素社会」と称されます。ここでの「カーボン」とはCO2を指す場合が多いですが、CO2以外にも多くの温室効果ガスが存在することに注意が必要です。CO2だけでなく、これら全ての温室効果ガスを対象にした中立状態を「クライメイトニュートラル(気候中立)」と呼びます。しかし、国際的にはこれらの用語の使い分けに一貫性がなく、「カーボンニュートラル」がクライメイトニュートラルを含む意味で使われることもあります。カーボンオフセットとは何が違う?カーボンオフセットについては、これは経済活動から生じるCO2排出を減らす取り組みや、CO2を吸収する活動に投資することで、排出されたCO2に対して別の方法で「オフセット=補償」を行うという概念です。具体的には、カーボンオフセットのアプローチには、再生可能エネルギーの導入による直接的なCO2排出の削減や、森林保全・植樹を通じてCO2を自然に吸収させる活動が含まれます。これらの活動を通じて達成されたCO2の削減や吸収量は、数値化され「クレジット」として市場で取引されることが多く、これにより、CO2排出量の補償が実現されます。日本におけるカーボンニュートラルとカーボンオフセットの取り組み2019年度における日本の温室効果ガス排出量は、約12億1200万トンに達し、これは世界で5番目に多い排出量です。2020年はコロナ渦中であったため、過去7年でもっとも低く、温室効果ガスの総排出量は約11億5000万トンです。翌年2021年には経済活動も若干再開しはじめて温室効果ガスの総排出量は約11億7000万トンに上がりました。この排出量の大部分、つまり84.9%はエネルギー由来のCO2であり、主に化石燃料の燃焼が原因です。特に「産業(工場など)」、「運輸(自動車)」、「業務およびその他(商業・サービス業等)」からの排出が全体の76.2%を占めており、CO2排出削減に向けてはこれらのセクターでの取組みが重要な課題となります。2050年カーボンニュートラル目標達成に向けて2020年10月の政策演説で、菅義偉前首相は「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにし、脱炭素社会を実現すること」を公約しました。この宣言を受けて、温室効果ガス排出削減を目指す様々な政策が推進されています。経済産業省は、2050年のカーボンニュートラル達成にむけて「グリーン成長戦略」を推進しています。この戦略は、環境対策を経済成長の障害ではなく、「成長のチャンス」と見做し、脱炭素化を契機に産業構造の根本的な改革を図りながら、排出削減を達成し、新たな成長に繋げるという方針です。この戦略においては、経済成長の可能性が高く、温室効果ガス排出削減にも重要な役割を果たす14の分野が特定されています。エネルギー産業洋上風力、燃料アンモニア、水素、原子力輸送・製造産業自動車、蓄電池、半導体・情報通信、船舶、物流・人流、土木・インフラ、食料・農林水産、航空機、カーボンリサイクル家庭・オフィス産業住宅・建築、次世代型太陽光、資源循環、ライフスタイル経済産業省は、これらの分野での行動計画を策定し、関連する省庁と協力して、自立的な市場の拡大に向けた取り組みを進めています。カーボンオフセットへの取り組み一方で、カーボンオフセットは、経済活動に伴って避けられない温室効果ガスの排出を、相当する量の削減活動への投資を通じて補償するという概念です。環境省は2008年に「我が国におけるカーボンオフセットの取り組み方針」を公表し、その普及促進のために「J-COF(カーボンオフセットフォーラム)」を設立しました。2012年には、カーボンニュートラル認証制度とカーボンオフセット認証制度を統合し、「カーボンオフセット制度」の運用を開始しました。この制度は2017年以降、環境省のガイドラインに従いつつ、民間が主導で運営を行っています。また、カーボンオフセットにおける温室効果ガスの排出量や吸収量の信頼性を確保するために、2008年には「J-VER(オフセット・クレジット)制度」を設立し、2013年からはこの制度を発展させ、「J-クレジット制度」を導入しています。カーボンオフセット活動は、以下の5つのカテゴリーに区分されます。自己活動オフセット:自身の行動によって生じる温室効果ガスの排出を相殺する行為会議・イベント開催オフセット:国際会議やコンサート、スポーツ大会などのイベント開催時に発生する温室効果ガスの排出を相殺する行為商品使用・サービス利用オフセット:商品の製造、使用、廃棄プロセスやサービスの提供、利用時に排出される温室効果ガスを相殺する活動自己活動オフセット支援:商品やサービスを通じて、消費者個人の日常活動による排出量を支援する形で相殺すること特定者間完結型オフセット:クレジットを使用せず、特定の個人や団体間で完結する温室効果ガスの排出削減活動企業はこれらの方法を活用し、クレジット制度を通じて温室効果ガスの排出削減に努めます。脱炭素社会実現への課題は日本だけじゃない日本では2050年に向けてカーボンニュートラルを目標に設定し、政府と企業がそれぞれ取り組んでおり、カーボンオフセットがその一環です。カーボンオフセットは、根本的な温室効果ガス削減策ではないとの批判や、企業の「免罪符」と見なされることもありますが、これらの取り組み全体が、地球温暖化対策の一環として引き続き進められていくことになります。一方、タイでは国連気候変動枠組条約において、2050年までのカーボンニュートラル実現、2063年までの温室効果ガス(GHG)*ネットゼロ達成、および輸入燃料コストの削減を国別の排出削減貢献目標(NDC)として設定しています。これを達成するために、タイ政府は「国家エネルギー計画に対する政策的指針」として、4つの主要政策を推進しています。*ネットゼロ(Net Zero)は、温室効果ガスの排出量と吸収量を実質的にゼロにすることを目指す概念です。①再生エネルギー発電比率を50%以上に太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなどの自然から得られるエネルギー源を利用した再生可能エネルギーが、全体のエネルギー供給の50%以上を担う目標を示しています。これを俗に「RE>50% with ESS」と称し、エネルギー貯蔵システムの導入は、再生可能エネルギー由来の電力の変動性を管理し、発電した電力を貯蔵しておくことで、需要のピーク時に安定的に供給することが可能になります。「RE>50% with ESS」は、再生可能エネルギーを50%以上利用し、さらにエネルギー貯蔵システムを組み合わせることにより、持続可能なエネルギー供給体制の実現を目指す方針を指します。これは、持続可能なエネルギー政策の推進や環境保全への取り組みにおいて、進歩の指標とされています。②2030年までにEVの生産台数を全体の30%の75万台この政策はEV30@30と称し、電気自動車(Electric Vehicle、EV)の普及率を30%に引き上げることを目指しています。目標の背後には、環境の保護と持続可能な交通システムの推進、そして化石燃料への依存を減らすクリーンな移動手段を広める意図があります。EV 30@30の施策は、大気の質の改善、温室効果ガス排出の低減、そしてエネルギー使用の持続可能性向上という、環境に対する多くの好影響をもたらすことが期待されています。加えて、電気自動車の普及により、エネルギー利用の効率化やエネルギーインフラの発展にも貢献する見込みです。③エネルギー効率性を30%以上改善へこの政策はEE>30% と称し、エネルギー効率は投入されたエネルギー量に対する有効な出力の比率を示す指標で、高いエネルギー効率が示すのは、より少ないエネルギー消費で同様の成果や機能を実現できることです。EE>30%は、ある製品やシステムが30%以上のエネルギー効率を達成することを目標にした取り組みや基準を意味します。たとえば、自動車が1リットルの燃料で30キロメートル以上を走行することを目標にするなど、多岐にわたる分野でエネルギー効率の向上が求められています。④4D1Eの取り組みデジタル化(Degitization):エネルギー管理にデジタルシステムを導入すること脱炭素化(Decarbondioxide):エネルギー産業における二酸化炭素(CO2)排出の削減分散化(Decentralization) :発電やインフラの地理的分散脱規制化(De-regulation):エネルギー産業の規制を現代化し、柔軟性を持たせること電化(Electrification) :化石燃料に代わり電力を使用すること「4D1E」とは、上記の4つの「D」と1つの「E」から成る取り組みを指します。これらの実践例には、以下が含まれます。ビッグデータを利用した需給調整による分散型エネルギー資源の実現データに基づく予防保守や状態監視、事前に問題を察知する資産戦略スマートグリッドやスマートパイプを通じた自動制御で、ネットワークの耐障害性、安全性、効率性の向上顧客ジャーニー分析、セグメンテーション、パーソナライズされたコミュニケーションによる顧客関係の管理分散型エネルギー資源と市場を支えるプラットフォームのサポートタイの実践的具体例:脱炭素のモデル工業団地日本とタイは協力し、脱炭素を目指したモデル工業団地の開発に取り組んでいます。このプロジェクトには、タイ国トヨタ自動車(TMT)をはじめとする日本企業4社が参加し、タイ東部ラヨーン県マプタプット地区にて二酸化炭素(CO2)の排出量を実質ゼロにすることを目標とした「カーボンニュートラル工業団地」の構想が進行中です。開業予定は2025年で、事業の実施可能性調査(FS)の結果は年内にタイ政府へ提出される予定です。このプロジェクトには、日本からTMT、豊田通商(タイランド)、大阪ガス、関西電力が、タイからは工業団地公団(IEAT)、PTT、PTTの石油化学子会社PTTグローバル・ケミカル(PTTGC)、そして産業用ガスの米系大手バンコク・インダストリアル・ガス(BIG)が参加しています。電力消費が多い工業団地の脱炭素化への取り組みは世界的にも拡大が予想されます。マプタプット地区でのカーボンニュートラル工業団地の実践は、タイ国内だけでなく、インドネシアやベトナムなど他の東南アジア諸国の工業団地脱炭素化のための模範事例となることが期待されています。まとめカーボンニュートラルは、排出されたCO2を人間の活動によって吸収または除去し、総排出量を実質ゼロにするという理念です。一方、カーボンオフセットは、経済活動から生じるCO2排出を削減する取り組みや、CO2を吸収する活動に投資することで、排出量を補償するという概念です。2019年度には、日本の温室効果ガス排出量が12億1200万トンに達し、世界で5番目の排出国となってますが過去のデータのとおり段階的に削減傾向にあります。日本ほど総排出量が少ないタイに於いてもカーボンニュートラル・カーボンオフセットの取り組みが官民一体となって活発になってきましたが、これも具体例のように日本が後押しすることによって実践されてきたものです。日本の東南アジアにおけるカーボンニュートラル・カーボンオフセットの取り組みを今後ともさらに拡大させていくならば、日本は温室効果ガス削減を国際規模で当たり前に担い、地球温暖化阻止は「実質、日本のおかげだった」と言われる日も来るではないでしょうか。